〜変革のリーダーシップ〜

第5話          10 11
1.組織とイノベーション

(1) あらすじ

前回のストライキ騒ぎの1週間たった閉店後、しずかは千石とベルエキップの名物料理となるような新しい料理を研究することになった。彼女の仕事に対する気持ちも少し変化したようだ。一方、相変わらずの面々の梶原や稲毛たちは、付き合いの悪かった大庭も誘って居酒屋へ行くことになったが、店は定休日でベルエキップの休憩室で飲むことになった。三条は水原との仲がうまくいかなくなり、店を辞めると言い出す。三条を好きな原田は三条を辞めさせまいとするが、三条が水原の愛人とわかりショックを受ける。そんな状況でしずかは料理を開発するが、千石を満足させるような料理はできない。はたしてベルエキップを代表する名物料理はできるのか?

(2) ドラマのポイント

a. 千石に反発していた、仕事をあまり好きでないしずかが、どうして千石と新しい料理を開発する気になったのか?

前回のストライキ騒ぎで、しずかは伝説のギャルソン千石から非情に高く潜在能力を評価された。他人から評価されて、喜ばない人間はあまりいない。確かにしずかにとって千石の期待は重荷になっていた部分もあったが、千石は自信をもってしずかの潜在能力を評価したので、しずかも多少は自分の潜在能力に自信を持ち始めている。そこで、仕事に対しても前向きな姿勢を見せ始めた。また、千石に対しての気持ちも少し変化したようで、呼び方も「千石」から「トレビアーン」と変わった。私心がなく、ベルエキップの再建に取り組んでいる千石に対して信頼感が生まれてきているのかも知れない。

b. なぜ三条は店を辞めると言い出したのか?

三条はリストラ騒ぎの際に店を辞めても良いと言っており、愛人の水原に誘われて店へ就職したので、バーマンとしての技術もなく、あまりベルエキップで働くことに固執はしていない。しかも、しずかには嫌われ、他の従業員からは水原の愛人と言うことでよそよそしく、店にとけ込んでいない。梶原たちがみんなで飲みに行くのを見た三条が「みなさん仲が良いのね」とつぶやいたことから分かる。そして、三条とベルエキップを結びつける唯一の絆である水原との関係が崩れたので、辞める決心がついたのである。原田に対して三条が「これは私たち(三条と水原)の問題だから」と原田の介入を拒否したことからわかる。

c. なぜ一流のフレンチレストランにはスペシャリティ(名物料理)が必要なのか?

一流のレストランは単に味が良いだけではダメ。フレンチレストランは日本では頻繁に利用されるわけではなく、ましてやコース料理が1万円からというベルエキップでは特別の日、「はれの日」のためレストランでないとだめだ。それゆえに、その店でしか味わえない名物料理が必要不可欠だ。名物料理がデート、誕生日、接待など重要な会食をしようという顧客を惹きつけていく。そして、名物料理は数多いフレンチレストランに対して強力な差別化になり、店にexclusiveなステータスを与える。

d. なぜ大庭はみんなにつきあって飲みに行ったのか?

ソムリエはギャルソンとは異なったステータスをフレンチレストランの中で持っている。しかも、大庭はベルエキップの従業員の中では唯一のプロと呼べる実力を持ったソムリエである。そのため、彼はこのうらびれたレストランに似合わない特別な人間だ、という意識を持っており、他の従業員に対して壁を作っている。しかし、この日は梶原のスケベ話に惹かれたのか、思わずみんなに付いていったのである。千石と原田が来てから、従業員たちのチームワークが強くなってきており、大庭もチームの一員として他の従業員と交流したい気持ちもあったのかもしれない。大庭がいつもと違った行動をしたことも、ベルエキップに奇跡を起こした一因なのであろうか。

f. 店の男女関係を考えよう?

三条は水原の愛人である。原田はそうとは知らず、三条が好きになってしまい、「ピエロの王様」と自嘲する羽目になった。稲毛は以前しずかにプロポーズしたことがあり、今でも未練が残っている。その後、畠山が店に入ってきて、しずかを尊敬し、しずかにぞっこんだ。そのため、稲毛と畠山は三角関係で仲が悪い。こうした男女関係の交錯は店の運営に少なからず影響を与えている。特に水原のように自分の愛人を雇用するという公私混同は、経営者として決してしてはならない。経営者が公私混同をすれば、従業員も公私混同をし、会社の規律が保てなくなる。

g. 「オマール海老のびっくりムース」が生み出された過程を考えよう。

偶然の1・・・この晩、閉店後に千石はしずかと新しい名物料理を開発することになっていた。

偶然の2・・・三条がこの日の晩に店を辞めると原田に告げる。

偶然の3・・・大庭を含めた男性従業員がみんなで居酒屋へ飲みに行く。

偶然の4・・・水原が友人健ちゃんの祖母の通夜へ行く。

偶然の5・・・千石は夜食を買い出しに行く。

偶然の6・・・居酒屋が定休日で、男性従業員たちが店の休憩室で飲むために、店へ戻ってくる。

偶然の7・・・稲毛が佐々木に何か酒のつまみを作るように言う。

偶然の8・・・しずかが思いつきでイカのすり身のムース料理を提案する。

偶然の9・・・佐々木がイカを酒のつまみとして料理をしてしまった。

偶然の10・・千石がイカの代わりにオマール海老を使うことを提案。

偶然の11・・しずかがオマール海老のソースを作っているときに、しずかを気にしている稲毛が日本酒片手に厨房へやって来る。

偶然の12・・しずかはソースの味付けにワインの代わりに稲毛の日本酒を使うことを思いつく。

偶然の13・・千石の舌を満足させる料理ができず、開発作業が深夜に及び、お腹の空いた原田は千石の買ってきた夜食用ジャムパンを食べる。

偶然の14・・ジャムパンから、ムースの中にソースを閉じこめる料理をしずかが思いつく。これがイノベーションに富む名物料理開発のブレイクスルーになる。

偶然の15・・三条が酔って帰ってくるが、酔った三条はミントをどこからか引きちぎって持ってくる。

偶然の16・・しずかに再度アタックするかどうか迷う稲毛は、厨房にあったミントの葉っぱでアタックするか、どうかを決めようと葉をちぎる。

偶然の17・・三条がワインクーラーで高級ワインを3本飲み、気分が悪くなる。

偶然の18・・吐きそうになった三条を千石と原田は厨房へ連れていく。

偶然の19・・しずかはオーブンでムースを作っているときに、三条を連れた原田が入ってきて混乱に陥ったため、ムースをオーブンから取り出すタイミングが遅くなってしまう。失敗したと思ったところ、怪我の功名で千石も満足する味になった。

偶然の20・・水原が通夜から帰ってきて、清めの塩をかけてくれ、と三条に頼むが、水原との別れを決意した三条は断る。三条の代わりにディディビエが塩をかけようとするが、酔ったディディビエは赤い香辛料をかけてしまう。水原が払った香辛料がムース料理の皿にかかり、盛りつけに彩りを添える。

偶然の21・・酔った梶原が厨房の原田へ挨拶に来る。厨房を出るとき、ドアを強く閉めたため、ミントの葉が舞い、ムース料理の皿に落ちて盛りつけにさらに彩りを添える。

こうした小さな偶然が重なり、「オマール海老のびっくりムース」が完成した。新製品の開発というイノベーショは紆余曲折し、失敗成功に結びついたり、偶然が成功を導き、完成することが多い。あっさり新製品が生まれるわけでないため、開発者の執念が最終的に決め手になる。千石は徹夜をも覚悟した、完璧な料理を生み出すための執念が、途中で妥協しようとするしずかを導き、様々な小さな偶然を成功へ結びつけたとも言える。もちろん、しずかが千石の要求に応えられる料理人として潜在能力があったからでもある。そして、周囲の意識的、偶発的的なイノベーション創出への関与協力も忘れてはならない。「オマール海老のびっくりムース」の料理が生まれる過程に、ベルエキップで働く従業員は何らかの形で関わっていった。こうした多くの人の関わりも、イノベーションの創出に欠かせない。千石は閉店後の厨房でしずかと共同作業を行うことで、偶発的なイノベーション創出の場を作り出していたと言える。

h. 酔った梶原の言動から、彼の心情を推察しよう?

「俺は非情にむなしい。こんな毎日でいいのか。俺たち、この店にとって何だろう。何か役に立っているのかな?」(梶原) 彼の言葉の中には、新参者である千石が店の主導権を握り、同じギャルソンの自分の存在意義が失われつつあることを自覚している。それは自分の否定であり、非情につらいし、むなしい。組織の中で、存在意義を失った人は一緒に働く人たちからの評価や感謝という精神的報酬が少なくなり、組織を離れる誘因になる懸念がある。そのため、こうした人を出さないようなリーダーシップが必要である。例えば、梶原には新たな存在意義を見出させるような仕事を担当させるなどして、動機づけをしなくてはならない。

i. なぜ三条は店を辞めない気持ちになったのか?

三条は原田から「あなたはこの店に必要なんです。僕はあなたがいたからここまでやってこれたんです。あなたは心の支えだった。」と言われ、水原の愛情だけを頼りに働いていた自分が、他人から頼られていたことを知り、この店での自分の新しい存在意義を見出したのだ。水原に頼らず生きていかない、仕事で自立する意思を持ったのである。原田にあそこまで言われれば、気持ちも変わるだろう。また、千石が「あなたが飲んだワインはよりによってあなたの1ヶ月分の給料の値段。従って、3本飲んだあなたは、3ヶ月間ただ働きしなくてはなりませんよ。」と冗談を交えて優しくフォローしているのも見逃せない。こうした優しさを梶原や水原にも見せられれば良いのだが、千石も美人に弱いのか。

j. 新しい料理を生み出したしずかは、シェフとしてどう変わったか、どう変わっていくだろうか?

千石がリーダーシップを取ったとはいえ、シェフとして名物料理を開発したことは、大きな売りになるし、非情に自信になる。料理の開発の過程を学習したことは、また新しい料理を生み出すときの貴重な能力になるであろう。自信は仕事をしていく上で大きな財産になるし、よりよいシェフになろうという自己実現のための動機づけになる。高い潜在能力と自己実現欲求を持った人間は、成長へのパスポートを手に入れたのも同然だ。

2.イノベーションの概念(by シュンペーター)

(1)資本主義の発展

a人口増大と生産手段の変化

b自然現象や社会現象

c起業家の遂行するイノベーション

(2)イノベーションの定義

a新製品の開発

自動車の発明、自動車のモデルチェンジ、燃料電池自動車の開発

b新しい生産方法の導入

フォードの大量生産制度、トヨタのカンバン方式

c新しい生産組織の創成

インターネット上のバーチャル組織による共同ソフト開発

d新しい販売経路の開拓

通信販売の誕生

e新しい資源の開発

バイオ、ソーラーエネルギー、超伝導

(3)イノベーションの機能

a技術イノベーション=新製品の開発+新生産工程の開発+原材料の開発

b経営イノベーション=販売革新+組織革新+人材革新+コスト革新

3.組織の中のイノベーション

(1) イノベーションの定義

イノベーション(Innovation)=革新(新奇性に富む何かが創造される)

(2)対象によるイノベーションのタイプ

a. 製品イノベーション=既存の製品とは異なる新奇性に富む製品の創造

例(ブレイクスルー型):レコード→CD、機械式計算機→コンピュータ、TV、電話、FAX?→インターネット

例(インクリメンタル型):自動車のモデルチェンジ、パソコンCPUの高性能化、コンピューターのソフトのバージョンアップ

b. 工程イノベーション=製品やサービスを生産する過程における革新

例(ブレイクスルー型):フォードの大量生産方式、トヨタのJust In Time方式

例(インクリメンタル型):改善活動によるもの

c. 組織イノベーション=組織の持つ経営システムや組織文化が変わり、組織の成果が大きく改善する革新。

例(ブレイクスルー型):ヤマト運輸・・・物流業からITによるe-business物流へ

例(インクリメンタル型):年功賃金体系から成果給賃金体系への移行

(3)イノベーションのインパクトによるタイプ

a. ブレイクスルー(breakthrough)型イノベーション=非連続型の革新、大きな影響を業界や産業に及ぼす

b. インクリメンタル(incremental)型イノベーション=連続的漸次型の革新、企業間の関係に影響を及ぼす

c. ブレイクスルー型のイノベーションが起きる→インクリメンタル型革新が起きる・・・この過程が通常循環する

(4)産業・製品のライフサイクルとイノベーション

時期の名称
導入期
成長期
成熟期
衰退期
脱成熟?
売上 認知や経営上の問題から売上は少ない。 社会の認知が高まり売上は対前年比2桁と高成長。 売上は一巡し、伸び率は対前年比±1桁へ低下。 新規需要者は少ない。対前年比の伸びはマイナス。 衰退をくい止めるような革新が起こり、再び成長へ。
製品革新 ブレイクスルー ドミナントデザインの登場と絶え間ない製品革新 インクリメンタル 革新はほとんどない ブレイクスルーで再成長
工程革新 あまりない ブレイクスルー 頻繁にインクリメンタルな革新 時々インクリメンタルな革新 ブレイクスルーで再成長

(5)イノベーションの必要性

環境の変化に適応したり、新しい環境を創造するのには新しいパラダイムや知識が不可欠である。新しいパラダイムや知識を基盤に組織の行動を変化させるのだ。

(6)組織文化とイノベーション(byシャイン)

保守的な組織文化や強い組織文化から生じるメンバーの多様性の低下がイノベーションの創造を妨げることがある。